こんにちは、絵師の徳田智子です。絵の道に入ってはや半世紀。
日本人絵師として日本の文化について広く世界に発信していきたいと思い、伝統的な美術品でもある「掛け軸」についてお伝えしています。
掛け軸に書かれた一言に、ふと足を止めて見入ってしまった経験はありませんか。
床の間に掛けられた言葉には、季節の移ろいや人生の指針、茶席でのもてなしの心まで、驚くほど多くの意味が込められています。
この記事では、茶道や床の間で古くから愛されてきた人気の禅語・四字熟語を、春夏秋冬それぞれのシーンに分けてご紹介します。
さらに、言葉の意味や選び方の基本、一年中飾れる定番の言葉、仏事にふさわしい言葉まで、掛け軸の言葉選びに必要な情報を網羅しました。
読み終える頃には、ご自身の部屋や茶室、贈り物にふさわしい一言がきっと見つかるはずです。

瑞気満高堂(ずいき こうどうにみつ):こちらは、茶道の世界では、おめでたいお正月の時期や、茶室に炉を開く「炉開き」の季節などに、縁起の良い掛け軸としてよく使われます。外から幸運がやってくるのを待つのではなく、日々の行いや心を正すことで、結果としてその場に清らかな良い気が満ちていくという、前向きで美しい意味が込められています。
掛け軸に言葉を選ぶとき、まず知っておきたい基本
掛け軸の言葉選びは、単に見た目が美しい漢字を選べばよいというものではありません。
この章では、掛け軸の言葉にどんな種類があるのか、そして茶道の場と一般的な床の間とでは何が違うのか、その土台となる知識まで踏み込んで整理します。
掛け軸の言葉にはどんな種類があるのか
掛け軸に書かれる言葉は、大きく分けて禅語、漢詩や和歌からの引用、そして一文字の書に分類されます。
禅語とは、禅僧の教えや悟りの境地を短い言葉で表したものです。
一文字の書は「和」「福」「夢」といった一字に、書き手の思いを凝縮させた表現方法です。
四字熟語や五言・七言の句は、自然の情景と人の心情を重ね合わせて詠まれることが多く、季節感を伝えるのに適しています。

茶道の掛け軸(茶掛)と床の間の掛け軸の違い
茶道で使われる掛け軸は「茶掛」と呼ばれ、茶事のテーマやその日のもてなしの心を伝える重要な役割を担います。
この掛け軸は【松無古今色・まつにここんのいろなし】です。意味:松の緑は昔も今も変わらないという意味で、一年の始まり(正月・初釜)や、冬の季節に特によく掛けられます。

一方、一般家庭の床の間に飾る掛け軸は、茶掛ほど厳密な作法にとらわれず、季節や来客に合わせて自由に選べる点が特徴です。
茶掛は席入りした客が最初に目にするものであり、亭主の意図を無言のうちに伝える装置と言えます。
茶道の掛け軸について詳しくはこちらを☝️
掛け軸の言葉が持つ意味と選び方の考え方
掛け軸を選ぶ際に多くの方が迷うのが、数ある言葉の中から何を基準に選べばよいかという点です。
ここでは季節・場面・予算という3つの軸から、後悔しない選び方を具体的に解説します。
季節に合わせて選ぶ
掛け軸の言葉選びで最も基本となるのが、季節との調和です。
茶道の世界では一月ごとに好まれる禅語が定まっているほど、季節感は重視されています。

春には芽吹きや彩りを表す言葉、夏には涼を呼ぶ言葉、秋には実りや静けさを表す言葉、冬には静寂や来年への希望を表す言葉が好まれます。

季節先取りの感覚で、実際の季節より少し早めに掛け替えるのが、掛け軸を扱う際の粋な作法とされています。

実際の季節より半月から1ヶ月ほど早めに掛けるのが目安です。また、同じ一幅を掛けっぱなしにすると傷むので、お気に入りは2本用意して、2〜3ヶ月で掛け替えて休ませてあげましょう。
掛け軸の「掛け替え」について詳しくは、この記事を☝️
場面(茶事・仏事・慶事)に合わせて選ぶ
掛け軸は季節だけでなく、どのような場で使うかによっても選ぶべき言葉が変わります。
茶事であれば禅語、慶事であれば祝いの意味を持つ言葉、仏事であれば故人を偲び冥福を祈る言葉が選ばれます。
場にそぐわない言葉を選んでしまうと、せっかくの掛け軸が持つ意味が正しく伝わらなくなってしまいます。

茶道の掛け軸について詳しくはこちらを☝️
仏事用掛け軸:名号(ご名号)南無阿弥陀仏

仏事の掛け軸については、こちらの記事も☝️
予算や表装で選ぶ
掛け軸は書かれた言葉だけでなく、表装(軸装)の素材やデザインによっても価格が大きく変わります。
業者に依頼したときの費用相場と納期の目安ですが、新規の表装(作品を初めて掛軸にする)であれば約1万円〜8万円、古い掛軸の仕立て直し(修理・修復を含む)であれば約4万円〜15万円以上が費用相場です。
表装の違いについて詳しくはこちらの記事を☝️
一般的に、印刷ではなく手書きの肉筆による掛け軸は、量産品よりも高価になる傾向があります。
煎茶の先生にいただいた「清泉(せいせん):清らかな水や涼しさ」の掛け軸です。我が家の床に飾った時の様子です。

これは、一点ずつ書家が筆を執って仕上げるため、同じものが二つと存在しないからです。

【春】人気の掛け軸の言葉
春の掛け軸には、芽吹きや彩りを表す言葉が多く選ばれます。
この章では、1月から3月ごろに飾るのにふさわしい代表的な三つの言葉を、意味とあわせて紹介します。
松樹千年翠(しょうじゅせんねんのみどり)
松の木が千年経っても緑を保ち続けるように、変わらぬ姿を貫くことの尊さを表す禅語です。
新年を迎える時期や、変わらぬ節操を大切にしたい場面で好まれています。

こちらの言葉の掛け軸を毎年新年にかけます。いつまでも変わらない松の緑に託して、長寿や多幸を祈る気持ちからですが、やはり、挨拶に来てくださる親戚の重鎮方には好評ですね。「また、来年も見たいね」なんて言ってお帰りになります。また、来年もお元気でお会いしたいですから。
柳緑花紅(やなぎはみどりはなはくれない)
柳は緑、花は紅という、ありのままの自然の姿を肯定する禅語です。

物事をそのまま受け入れる境地を表しており、春の穏やかな情景と重なります。
春光日々新(しゅんこうひびにあらたなり)
春の光は日ごとに新しくなるという意味の言葉で、日々変化し成長していく様子を表します。

年度の始まりや新しい門出を祝う場面にもふさわしい一言です。

【夏】人気の掛け軸の言葉
夏の掛け軸には、涼を呼ぶ言葉や、自然のありのままの姿を肯定する禅語が好まれます。

ここでは4月から6月ごろに飾られることが多い三つの言葉を取り上げます。
薫風自南来(くんぷうおのずからみなみよりきたる)
南から吹いてくる風の香りを表した禅語で、初夏の心地よさを言葉に凝縮しています。

暑さが本格化する前の、爽やかな季節にふさわしい一言です。
不思議なもので、この掛け軸を床の間に飾るだけで、どこからともなく風が来流ような気がします。爽やかな気持ちになれる一幅です。
山是山水是水(やまこれやまみずこれみず)
山は山であり、水は水であるという、物事をあるがままに見る禅の境地を表す言葉です。

夏の澄んだ景色とともに、余計な先入観を捨てて物事を見る大切さを伝えています。
清流無間断(せいりゅうかんだんなし)
清らかな流れは絶えることがないという意味で、努力や修行を止めないことの大切さを表します。

水の涼しさを感じさせる言葉として、夏の茶席で好まれています。
【秋】人気の掛け軸の言葉
秋の掛け軸には、実りや静けさ、そして澄んだ心を表す言葉が多く選ばれます。

この章では7月から9月ごろに飾るのにふさわしい三つの言葉を紹介します。
夏雲多奇峰(かうんきほうおおし)
夏の雲には奇妙な峰の形をしたものが多いという意味の言葉で、変化に富んだ自然の姿を表しています。

夏の終わりから秋の気配が近づく時期に選ばれることが多い言葉です。
月白風清(げっぱくふうせい)
「月白風清(げっぱくふうせい)」とは、月が白く冴えわたって輝き、清らかな秋風が爽やかに吹き抜ける、美しい秋の夜の情景を表しています。
美しい秋の静かな夜の風情。「月白」は白く美しく輝く月。「風清」は涼しくさっぱりとした秋の風。「月白(つきしろ)く風清(かぜきよ)し」とも読みます。
見るだけで、心、洗われますね。

単なる自然の美しさだけでなく、人間の心にあるこだわりや執着を一切断ち切り、澄み切った心境になることを意味する禅語でもあります。
心静即身涼(こころしずかなればすなわちみすずし)
心が静かであれば、自然と身体も涼しく感じられるという意味の禅語です。
残暑が続く時期に、涼を求める気持ちを言葉で表現したいときに選ばれています。

【冬】人気の掛け軸の言葉
冬の掛け軸には、静寂や一年の締めくくり、来年への希望を表す言葉が多く選ばれます。

ここでは10月から12月ごろに飾られることが多い三つの言葉を紹介します。
紅葉山川満(こうようさんせんにみつ)
京都御苑(御所)の紅葉

紅葉が山や川を埋め尽くすという情景を表した言葉で、秋の深まりから初冬にかけて好まれています。
自然の彩りが一年で最も豊かになる時期を表現した一言です。

この一幅を飾るだけで、訪れた京都の街を思い出します。紅葉がとても綺麗でした。
歳月不待人(さいげつひとをまたず)
歳月は人を待ってはくれないという意味の言葉で、時間を大切に過ごすことの大切さを説いています。

一年の終わりに、過ぎた時間を振り返る場面でよく選ばれます。
吾心似秋月(わがこころしゅうげつににたり)
我が心は秋の月に似ているという意味で、澄み切った静かな心境を表す禅語です。
深々と心に響いてきますね。

一年を静かに締めくくりたい時期にふさわしい言葉です。
贈り物で喜ばれる言葉の掛け軸
開店祝いや長寿のお祝いなどに掛け軸を贈りたい人もいらっしゃると思います。
例えば、開店祝いなら、
日々是好日(にちによきひ / ひびこれこうじつ):毎日が素晴らしい日であるという意味で、商売繁盛や日々の営業への願いに合います。
一期一会(いちごいちえ):お客様との出会いを大切にする、接客業や店舗にぴったりの言葉です。
笑門来福(しょうもんらいふく):笑顔の絶えない明るいお店になるようにという願いを込めて選ばれます。
などが、とても喜ばれます。

長寿のお祝いなら、
松樹千年翠(しょうじゅせんねんのみどり):松の木は千年の間も変わらぬ緑を保つ。長寿や不変の象徴。
日々是好日(にちによきひ / ひびこれこうじつ):毎日が素晴らしい、かけがえのない最高の日であること。
壽(じゅ / ことぶき):命が長く続くこと、お祝いや長寿をダイレクトに表す一文字。
延命長寿(えんめいちょうじゅ):命を延ばし、長生きを祈るおめでたい四字熟語。
などが、好まれます。

お祝いの贈り物にも「日々是好日(にちによきひ / ひびこれこうじつ)」は好まれますね。

季節を問わず一年中飾れる人気の言葉
掛け軸の中には、特定の季節に縛られず、一年を通して飾れる言葉もあります。
ここでは代表的な四つの言葉を紹介します。
一期一会
一生に一度だけの出会いだと思って、今この瞬間を大切にするという意味の言葉です。

茶道の心得を象徴する言葉として、最も広く知られている禅語のひとつです。
和敬清寂
茶道の精神そのものを表す四字で、和やかな心、敬いの心、清らかさ、静けさを意味します。

茶室や稽古場に一年を通して掛けられることが多い言葉です。
日日是好日
どんな日であっても、その日その日が良い日であるという禅の境地を表す言葉です。

日々の暮らしの中で心を整えたいときに選ばれる、人気の高い言葉です。
円相
丸い円をひと筆で描いた書で、悟りや宇宙、完全性を象徴する禅の表現です。

文字ではなく円のみで構成されるため、シンプルで飽きのこない一幅として好まれています。

仏事・法要にふさわしい掛け軸の言葉
仏事や法要の場では、故人を偲び、冥福を祈る意味を持つ言葉が選ばれます。
慶事や茶事とは異なる配慮が必要になるため、この章で整理しておきます。
仏事用の掛け軸には、仏教の教えに基づいた言葉や、南無阿弥陀仏といった名号、故人の安らかな旅立ちを願う言葉が用いられることが一般的です。

宗派によって好まれる言葉や本尊の掛け軸が異なるため、菩提寺がある場合は事前に確認しておくと安心です。
仏事関連の掛け軸について詳しくはこちらの記事も参考に☝️
筆者が実際の書と作品から感じる、言葉を選ぶ楽しみ
ここまで季節や場面ごとの人気の言葉を紹介してきましたが、実際に掛け軸を選ぶ楽しみは、意味を知るだけでは終わりません。
床の間に2本の掛け軸を同時に飾りたいという、見立ての依頼をお手伝いした時のことです。言葉の掛け軸をたくさんお持ちだったので「季節」と「字体」の良き組み合わせをじっくりと考えました。
「霜月照清池(そうげつせいちをてらす)」:澄み切った冬の夜の情景と、一切の迷いを捨て去った高潔な心境という意味です。心境と同じく高潔な文字で書かれています。
「雪月花(せつげっか)」は、雪・月・花という自然の美しい景物や、四季の風雅な趣を表す日本語の慣用句です。中国の唐の詩人・白居易の詩の一節に由来する雅な言葉です。この言葉に似合う流れるような字体で書かれています。
この2本を選ぶことで、「一切の迷いを捨て去った高潔な心境」と「日本の伝統的な美意識」が一つであると語りかけてくる設えになり、とても喜んでいただきました。

設えの照明も一方は明るく、もう一方は少し暗めにしています。2本の掛け軸が調和するように真ん中にガラスの花器を配置しました。
2本掛け軸について詳しくはこちらの記事を参考に☝️
掛け軸の言葉に関するよくある質問(FAQ)
Q. 掛け軸の言葉に決まりはありますか。
A. 茶事や仏事など特定の場面を除けば、厳密な決まりはありません。
季節や飾る場所の雰囲気に合わせて、ご自身が心惹かれる言葉を選んで問題ありません。
書の掛け軸について詳しくはこちらを☝️
Q. 禅語の意味が難しくて選べません。どうすればよいですか。
A. まずは意味を大まかに理解した上で、言葉の響きや文字の形が気に入るかどうかを基準にしても構いません。
掛け軸は日々目にするものなので、意味の深さと同じくらい、見た時の心地よさも大切な選び方の一つです。
掛け軸の言葉について詳しくはこちらを☝️
Q. 一年中同じ掛け軸を飾ってもよいのでしょうか。
A. 一期一会や和敬清寂のように季節を問わない言葉であれば、一年を通して飾ることに問題はありません。

一方で、季節を強く感じさせる言葉の場合は、季節が変わるタイミングで掛け替えるとより風情が増します。
また、同じ掛け軸をずっと掛けたままにすると、自重で伸びてしまったり、日光による日焼けが進行したりします。お気に入りであれば、同じものを2~3本用意するといいですね。
飾り方、しまい方、保管方法について詳しくはこちらを☝️
・意味の理解と、見た目の心地よさの両方を大切にする
・季節を問わない言葉は通年、季節性の強い言葉は掛け替えを楽しむ
まとめ|自分の暮らしに響く言葉を掛け軸に
掛け軸の言葉には、季節の移ろいや禅の教え、もてなしの心など、さまざまな意味が込められています。
春夏秋冬それぞれの人気の禅語から、一期一会(いちごいちえ)や日日是好日(にちにちこれこうじつ)、和敬清寂(わけいせいじゃく)のような季節を問わない定番の言葉まで、選択肢は多岐にわたります。

茶道の精神そのものを表す四字で、和やかな心、敬いの心、清らかさ、静けさを意味します。
大切なのは、言葉の意味を理解した上で、ご自身の暮らしや飾る場面にふさわしい一幅を選ぶことです。
この記事で紹介した言葉を参考に、ぜひ心に響く一言を見つけてみてください。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。感謝です。
ご自宅の床の間と掛け軸についてもっと知りたい方はこちらを☝️
季節ごとの掛け軸について知りたい方はこちらを☝️




















