これは真剣に絵に向き合ってきたのになかなか認められず苦しんでいる方に読んでほしいお話です。
学費全額免除で美大に入りアメリカの美術大学に留学までした人間が帰国後は絵の収入0円のどん底生活へ!
そこから人を癒す絵描きになるまでの本当の話をお伝えします。
絵師の徳田智子は1967年6月13日生まれ。父母そして姉の4人家族の次女として、古都で奈良で生まれ育ちました。

幼少時は、体が弱くて家の中で一人ぼっち。
2冊の百科事典の美術編を友に生きていました。
その本には「古代から現代、日本から世界各地の美術作品」が時代も場所も違う至る所から取り上げられていました。
そしてそれらのアート作品に、生きる力を与えられていました。
見るだけで元気になり、ワクワクして楽しかったことをよく覚えています。
穴が開くほど鑑賞していました。
だから、一人でもちっとも寂しくありませんでした。

小学校4年生の時の美術の先生に才能を見い出されました。褒められて嬉しくて、毎日毎日、絵を描いてその先生に見せに行ったんです。
その時から、本格的に絵の勉強がしたいと思うようになりました。
小学校6年生の時に、アメリカからやってきた通信教育のアートスクールを受講しました。親にねだって高い受講料を払ってもらいました。
高校では、美大を目指し美大受験用の予備校にほとんど毎日通いました。そこでも本当に親に負担をかけたなあって。感謝です。
おかげで現役で無事、美大に合格。なんと、学費全額免除生として入学し、交換留学制度を利用してアメリカに留学もできたんです。1年間、シカゴで過ごし、その期間中にアメリカ国内はもちろん、カナダ、中南米を旅しました。様々なアートに触れ、刺激をもらい影響を受けました。
順風満帆な人生でした。

ところが、帰国後、待っていたのはアートでは生活できない環境でした。卒業制作、就職活動、並行して、シカゴでの活動報告の個展を開くも会場は閑散。今から思えば、展覧会の開き方も、集客も何もかも、何も知らない状況での開催で、当然の結果ではありました。
不本意ではありましたが就職して、働きながら油絵を描きました。賞金稼ぎが目的でコンクールに出展するも、箸にも棒にもかからず。だから、絵からの収入は、ほとんど0円。
自分は誰にも認められない存在なんだと、暗く落ち込んでいきました。
知人からは「良い趣味があっていいね」と言われますが、趣味ではないのです。
決して生半可な気持ちで創作活動をしているわけではないのです。
道楽でもないのです。
命懸けでやっているのです。でも、認められることはありませんでした。
転機が訪れたのは、ニューヨークのギャラリーでのグループ展に出展してから。
ここで作品が売れたわけでも、現地のギャラリーと契約できたわけでもないのですが。
けれども、確実に流れが変わりました。
「どうして、描くのか?」「何が自分を突き動かして、絵を描いているのか?」を再認識するきっかけになったからだと思います。

作品を気に入ってくれる会社の社長さんや絵の好きな整骨院の院長先生、身近な友人が買ってくれるようになりました。
買ってくれた人は口々に「あなたの絵は面白いね」「エネルギーがみなぎっている」と誉めてくださいました。
個展も諦めず地道に重ねて30回以上に。今では、応援してくれる人が100名ぐらいになりました。
この変化の理由は、自分自身のこれまでを振り返り、そして、気付いたから。
自分は、日本人として当たり前に「生きとし生けるものの命を大事にしている。」
だが、ところ変われば「この価値観」は変わってしまう。ニューヨークに行く道すがら、滞在する街中での人との出会い。他愛のない会話の中から、自分の思う当たり前は、違う国、違う人種、違う価値観の人にはないものなんだ、「個人のアイデンティティーってそうゆうことなんだ。」
けれども、この自分には日本人として、当たり前と思っていた「この価値観」を大切にして生きているということを再認識したのです。
古都奈良に生まれ育った私には、古の神話の世界が繰り広げられている頃から、日本人が日々、目に見えないものを身近に感じて生きてきた感覚が鋭く宿っているということに気がついたのです。
山に神さまを見出し、大根の葉っぱの先にも精霊を感じて「ありがとう」と頭を下げてきた
そんな純粋なで清らかな魂を持っていると!
だから自然環境が、地球が、宇宙が自分の体の一部のように感じられる。
自然が開発され破壊され、天災が起こるたびに(人災に思えるものもあるが)、人類の心が荒んでいるのではないかと危惧しています。紛争のニュースを見て心が張り裂けそうになります。
もちろん、自分の意見をもつようになった時から自然環境破壊に物申してきたことは事実です。人類のおろかな行為に憤りを隠さなかったことも本当です。
若い頃は、声高に直接的にその気持ちを作品にぶつけてきました。辛くて、苦しくて、光を求めて、もがき苦しんでいた頃の作品は、暗く重いものでした。それを見た友人から「見ていると苦しくなる」と言われたました。

2001年 ニューヨークの同時多発テロ発生後、人類、地球、宇宙の平和を願って<One Heart>と題したこの作品を発表しました。「みんな願っている、安心して暮らせる平和な世の中を!」というメッセージをこの絵に込めました。それまでの自分なら、破壊状況をおどろおどろしく描いていたに違いないのですが私は変わりました。私は、変わったんです!悲惨な現状を(自分のことも、周りの世界のことも)ストレートに悲惨な状態を表現するのではなく「自然はこう願っているよね、私たちはこんな世の中にしたいよね」という<ポジティブな気持ちを全面に表現していこう>と方向転換したのです。
それからです。個展会場で見てくださっていた見知らぬ来場者の方々から、「あなたの作品には癒される」「見ていると落ち着く」「あたたかい気持ちになれる」など、たくさんの嬉しい感想をいただくようになりました。「ああ、少しづつ、見る人に幸せを届けられるようになってきた!」
だから諦めません。世界中から人間のエゴが引き起こす、環境破壊、紛争 e.t.c. がなくなるまで。地球上の生きとし生けるものが、安全で安心して暮らせるようになるまで。
私は描き続けます、生きとし生けるものの幸せのために。
人類が起こしてきた争いを鎮めるために現れたまほろばの龍(白龍)のイメージを描いた。龍なのに優しくあたたかい、かわいいと言われる。

私は信じて、描き続ける。生きとし生けるものを癒す「この絵」が、誰もが見るたびに心を落ち着かせ、安心して暮らせる空間をつくる存在になるように。
そんな私の絵の描き方を見てください。私が絵に救われたように、絵を描く楽しさとその癒しを一人でも多くの方に届けたいのです。だから描き方もお伝えしています!
あなたにも大好きなものを描く楽しさを知ってもらいたい!


